僕もこの事件に憤りを覚えている人間であることを断った上で敢えて言うが、いじめに他の生徒も参加していたのだとしたら、この教員の断罪は程ほどにするべきではないかと思う。
Sponichi Annex : いじめ自殺事件 学校が責任逃れ
福岡県筑前町の町立三輪中学校2年の男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した問題で16日、学校側が一度は「元担任教諭のいじめ発言が自殺に結びついている」とした見解を撤回し、「自殺の主因ではない」などと主張した。あまりの対応に、福岡県教育委員会には苦情や抗議の電話が殺到。TBSの情報番組「ピンポン!」では、キャスターの福澤朗(43)が生放送中に、涙で怒りをぶつける場面もあった。
もし加害した生徒がいるのであれば、このマスコミの論調は彼らに「悪いのは僕ではない。先生だ」という意識を強烈に植え付ける結果になると思われる。勿論この教員は罪を償うべき人間であるが、何より罪を償うことを「学習」しなければならないのは子供である。
Sponichi Annex : いじめ自殺事件 学校が責任逃れ
自身も子を持つ父親で「なに見当違いなことを言ってるんですか!」と生放送中に声を荒らげた。続けて「これは教員の問題ですよ、生徒たちに非はない。教員がいじめの体質をつくっているわけですから、教員の中で問題を解決しないと。ほんと悔しくて悔しくて仕方ないです」。まくしたてるうち、大粒の涙がほおを伝った。
加害した生徒が存在するのであれば、僕はその生徒に非はあると思う。中学校2年生であればなおさらだ。中学校2年と言えばまだ精神的に子供ではあるが、教員の行動の善悪の判断は十分付く年齢である。そしてその行動が誰かを傷つけるであろうということも容易に判断できるはずだ。彼らに選択の余地はあったはずである、というか彼らは選択をしたのだ。どんな選択であったにせよ、自分の採った選択に対して責任をとる、そうして子供は大人になっていく。そうした機会を奪ってはならない。自分の選択に対して責任をとろうとしない学校側のような人間に彼らをしないためにも。
繰り返しになるが、この教員は少なくとも中学生の「師」とはなりえない存在で、そういう意味では教員失格だ。その点に異論はないが、彼の断罪だけでその他の生徒の未来が救えるだろうか。マスコミは人々の感情を扇動する事件の取上げ方を控えるべきだと僕は思うが、もしそれが自然の摂理として「無理」というのであれば、ブログがそういった存在のメディアにならないといけないと思う。