鳥飼玖美子「危うし!小学校英語」

危うし! 小学校英語 (文春新書)

危うし! 小学校英語 (文春新書)

「小学校での英語教育必修化」に「待った」をかける鳥飼立教大学の著書。新書って色々読んでるけど、今のところ一番ハズレがないのが文春新書だという気がする。

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本書の目次構成は以下の様になっており、これを見るだけで著者の主張は大まかに理解できる。

第一章 「早ければ早いほど」幻想を打ち砕く!
第二章 「親の過剰な期待」が英語必修化への道を開いた
第三章 「誰が英語を教えるのか」
第四章 「日本の英語教育はどうあるべきか」

僕も過去に日本の英語について思うことを書いているので、本書を興味深く読むことが出来た。日本の英語教育を考えるにあたって、また個人として英語の勉強をどうやってやっていくかを考えるにあたっても、本書を読むことは重要であると認めた上で、本書に対する批判を書いてみる。ちなみに異文化コミュニケーション研究科の教授であり、元同時通訳者という英語の専門家である著者にはまるでかなわないが、僕はTOEICで940点、TOEFLで253点(ペーパーでは620点)をとったことがあるので、ちょっと聞いてみてもいい意見だと思ってもらえれば光栄。

筆者は「早ければ早いほどいい」という、所謂言語学習における「臨界説」に否定的な立場である。本書の中で慶応大学の大津教授が代表者となった「小学校での英語教科化に反対する要望書」を引用をしており、この中では「説得力のある理論やデータが提示されていない」などという意見が述べられている。が、いざ第四章で自分の教育改革方法を提示する際、以下のように「中学生が最適な時期だ」と唐突に論じている。
pp.194

中学生には、分析的に学ぶことが出来るだけの抽象的な思考力が備わっています。しかも柔軟性も吸収力も、まだ十二分にあります。英語などの外国語を学ぶには、中学生が最適な時期です。

小学校への英語の導入は高学年が対象と聞いたが、著者は「小学校高学年と中学生がどう違うのか」という本書の核となる理論について、もう少し突き詰める必要があるのではないか。

また筆者は、第四章にて歴代首相の英会話に関連した失敗を取りあげているが、こういった取りあげ方は日本人の英語に対する「恐怖心、羞恥心」を増長するだけだと思われる。「恐怖心、羞恥心」はとかく英会話習得の邪魔になるものだ。これを読んで僕は、むしろ中曾根元首相や宮沢元首相のチャレンジ精神に感心をするが、多くの人は「うわっ恥ずかしー」といった感想を持つのではあるまいか。そして人の失敗を恥ずかしいと思う気持ちは、自分の思い切った行動を抑制する気持ちに繋がる。誰だった同じような恥ずかしい行動を晒したいとは思わないだろう。一国を担う重責を背負った人達に間違いが許されないことは事実であると思うが、英語の教育者として、本書で出すべき話題であったかどうか疑問が残る。

批判のみ書いたが、冒頭で書いたとおり本書は「ハズレ」などではなくむしろ面白かったし、主張も6割方は共感するものだった。が、僕は過去に英語学習を人よりやった経験があるので、鳥飼先生の主張に共感し易い人間なのではないかと思う。先生が主張を通したいと思っている人達は必ずしもそうではないだろうし、今後もう少しやり方を考える必要はあるかもしれない、と生意気にも意見を述べさせて頂きます。