
- 作者: 片野善一郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2006/05/16
- メディア: 新書
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時間が空いたときに適当に買っちゃいました。前半を読書中は「失敗したかな」と思ったけど、後半は思わぬ面白さがあった。ガリバー旅行記に込められた数学教育批判なんてご存知でした?
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本書は数人の作家について、彼らと数学の関わり、数学が彼らの作品に及ぼした影響、彼らの数学に関する考え方などを考察するという内容になっている。目次を挙げてみると
一、「坊っちゃん」より数学が得意 – 夏目漱石
二、試験さえなければ数学は面白い – 正岡子規
三、数学教師は異常性格者 – 泉鏡花
四、数学ができなくて士官学校不合格 – 二葉亭四迷
五、幾何学で女房教育 – 石川達三
六、和算小説の先駆者 – 新田次郎
七、日本の古典と計算 – 井原西鶴
八、九九を知らなかったイギリス貴族 – スウィフト
九、数学にも偽善がある – スタンドール
十、数学者の推理力はゼロだ – ポオ
十一、数学は数学以外のものへの刺激剤 – ヴァレリー
となっている。数学に関する考え方や能力は作家によって大分異なっていたようで、その比較をするだけでも楽しめる。二葉亭四迷のように数学が人生を変えるほど苦手だったものもいれば、石川達三のように奥さんを理知的な人間に育てるために、奥さんに数学教育を施したなんていう話もある。
面白いと思った話としては、実はガリバー旅行記に当時の数学教育批判が描かれていたという話である。ガリバーの第三の渡航国、浮かんでる島ラピュータの人々は、いつも数学の概念や理論について考え込んでいる一方、実用的な計算などは不得手で、家がまっすぐに建てられない。これは著者のスウィフトが当時のイギリスの数学教育を皮肉って作ったストーリーのようだ。当時は理論や概念などに関する教育が主で、実用的な計算などについては軽視されていたらしい。
また十章のスタンドールは数学に対して輝かしい能力を発揮するも、「どうして負に負を乗じると正になるのかについて説明してくれない」などの理由から「数学にも偽善がある」と考え、数学から離れていってしまうエピソードも面白い。ちなみにこの「負×負=正」についての説明は、以前書評を書いた「算数・数学が得意になる本」になかなか納得できる説明が載っているので、子供にそれを説明したいと思ったらご購入ください。
最後にだが、本書は「数学は論理的思考能力の育成に役立つ」という世の常識について、多少なりとも懐疑的な目を向けているように思えた。というよりも、数学教育だけで論理的思考能力が身に付くわけではない、という主張なんだと思う。国家の品格 (新潮新書)の著者の藤原正彦氏が
「算数や数学は論理的思考力を養うのにいいと言うが、あれは数学者のついている嘘。国語が一番論理的思考力の養成に適切だ。もう一つ情緒力を育てるのが国語」。
と発言したことなどを挙げている(ちなみに藤原正彦氏は、六章で取りあげられている浅田次郎氏の次男だ)。またエドガー・アラン・ポオの小説に出てくる探偵デュパンが、「単なる数学的能力だけでは良い推理は出来ない」という趣旨の発言をしたことなども挙げている。
個人的には数学の証明問題と、国語ではなく米国式のエッセイライティング、ディベートで論理的思考力は培われると思っている。数学者の意見も、藤原氏の意見もどちらもそれなりに正しいのだろうが、問題はどちらにせよ学校では上手く教育できていないことだ。