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西の魔女が死んだ(梨木果歩)

今年亡くなった私の母と長女には何か特別な結び付きがあったように思っているのですが、今年ふたりに起きたことについて話す機会があり、そのときに「まるで”西の魔女が死んだ”みたいですね」と教えて頂きました。印象的なタイトルだったので書籍自体は認識していたのですが、内容はまるで知りませんでしたし、タイトルそのままにファンタジー小説なのかと思い込んでいました。おばあちゃんと孫の結び付き、というのはありふれたテーマと言っていいと思います。内容もかなりあっさりとしていて、文章量もかなり少なめ。先日母の生まれ故郷まで飛行機で行ってきたのですが、1時間ちょいのフライト往復でさくっと読める書籍でした。個人的にはケンジさんの存在が生み出すおばあちゃんと「私」の不協和音の描写が好きですね。読むかどうかは分かりませんが、概要を伝えて長女の部屋に置いておきました。

書評「Unguarded」(Scottie Pippen)

最近はバスケ関連本の感想ブログと化している当ブログですが、とりえあずこの『Unguarded』で書評はひとまずお休みにしようかなと思っております。NBA関連の本をちょっと原著で読んでみようかなと最初に考えたとき、この本が実は第一候補だったのですが、ペーパーバック版がまだ発売されていなかったので後回しにしていました。ハードカバーって実は読み辛くてちょっと苦手です。

本書の冒頭で説明されているのですが、この本はNetflixでヒットしたマイケル・ジョーダンの『THE LAST DANCE』のカウンターパンチ的に著されたものです。ピッペンに纏わる逸話にはいくつかそのような話がありますが、『THE LAST DANCE』でもジョーダンの視点からブルズの栄光が描写されており、自分が得るべき賞賛が十分に表現されていないと感じたことがきっかけになっているようです。

私が本書を通して感じたのは、例えばジョーダンの陰に隠れて過小評価されていたり、ブルズとの契約の絡みで得るべき額のサラリーを得なかったりといった話は、むしろピッペンを特別な存在として際立たせるストーリーだなということです。ピッペンはもちろんNBA史上に名を残す偉大なプレーヤーですが、そういったストーリーが更に彼というプレーヤーの存在を特別なものにした、そのように感じました。サラリーに関しても当然 underpaid だったことは間違いないですが、誤解を恐れずに言えばその話題が今なおこうして話題に出来る事を考えれば「元が取れた」と言えるかもしれません。

それに私のような90年代NBAファンからすれば、ピッペンは彼が思うほどには過小評価されていないと感じます。ライト層からは『ジョーダンの右腕』くらいの印象を持たれているかもしれませんが、ドリームチームでの活躍を含め、当時のNBAを沸かせたバークリー、ロビンソン、ユーイング、オラジュワン、ストックトン、マローン等々に比肩するどころか、6度のチャンピオンに輝いた正真正銘のスーパースターです。おそらく世界中の多くのバスケファンの中で同じ認識でしょう。

ピッペンがNBA入りしてからの話は大枠で知っていることが多かったのですが、ピッペンの幼少期についてはまったく知識がありませんでした。以前に読んだヤニスの生い立ちと同様、かなり厳しい暮らしをしていた少年時代について知ることができたのは良かったです。今ではピッペンの長男さんがNBA入りを目指してGリーグでプレーしているのですから、時が流れるのは早いものです。

書評「Eleven Rings」(Phil Jackson)

1990年代、2000年代のNBAを語る上で無視することは出来ない名将フィル・ジャクソン、本書はそんなフィルのキャリアを振り返るメモワールという形で書かれた、名将のチームマネジメントやリーダシップにおける思考に迫る内容となっております。表紙に並んだチャンピオンリングで読む前から読者を圧倒する雰囲気を放っていますね。*1

その時代に活躍した多くのプレーヤー、コーチがブルズ、レイカーズに限らず登場しますし、鍵となったゲームについて具体的に振り返る内容も多いので、1990年代や2000年代のNBAのファンの方が面白く読める可能性は高いと思いますが、そういった箇所を飛ばしながらチームマネジメントやリーダーシップのエッセンスを得るための教科書として読むことも出来る内容だと思います。

一バスケファンの立場からはHCというと、例えばオフェンスやディフェンスの選択だとか、選手の起用方法だとか、私はそういった所に注目しがちでしたが、本書を読んで一番感じたのは「そういった部分はHCという仕事の表層的なものに過ぎないのだな」ということです。チームビルディングについてこんな根底から考えて実行しているのかと驚くようなエピソードがいくつも紹介されていました。

例えばフィルは、チーム内にどうしたら強い結束、それも戦地で兵士たちの間に生まれるようなレベルのとてつもない結束をもたらすことができるのかについて深く考えています。そしてチームは結束したひとつの部族(tribe)のようであるべきだと考え、実際にラコタというネイティブアメリカンの部族から慣習等をチームに取り入れていきます。このエピソードはおおよそ私がHCの仕事として想像するものを遥かに超えていました。ちなみにブルズには実際に部族をイメージしたチーム用の部屋があるようです。*2

フィルが禅に造詣が深いことは有名だと思いますし本書でも随所で禅の考えが紹介されています。禅については私の生きるソフトウェアの世界だと故スティーブ・ジョブズを思わせる内容だと感じました。問題児であったデニス・ロッドマンを管理監督する立場として、禅の教えの一部が役に立ったという話には苦笑してしまいました。曰く、例えばロッドマンのような人物を管理監督する場合、やらかしてしまうことがあってもまずは好きにさせて、無視をせず、かといって強制するでもなく、その後きちんと目を向けておく事が要諦だという事です。

怒りについて書かれた章も、昨今のスポーツ界のパワーハラスメントに関するニュースなどを背景に、とても興味深く読めました。フィル曰く怒りのコントロールというのはコーチにとって最も難しい仕事のひとつであるとのことです。何故ならばチームを鼓舞し焚き付け勝利に導く為に必要なある種の激しさと、単なる破壊的な怒りは本当に紙一重だからだそうです。これはスポーツ界にパワハラが根付きやすい根本的な原因だと思います。この激しさをポジティブな方向にのみ昇華させるとうのは至難の業であるということは、関係者のみならず我々外野のファンも認識しておきたいと思いました。

結構読んだら読みっぱなしの読書の仕方をすることが多いのですが、上述のものも含めて響く文章が多かったので、本書には付箋をペタペタと貼りながら読み進めていました。ときどきその部分を読み返せたらと思います。

ちなみに今のところ一番良いと思ったのは以下の部分で、これはNBA選手のみならず我々一般人の仕事にも通じる所が多くあると思いますし、バスケで言うと我らが渡邉雄太選手を想像せずにはいられませんでした。

それにしてもNetflixで「THE LAST DANCE」を観たときもそうでしたが*3、本書を読んだせいで昔のNBAのゲームがまた観たくなってしまいました。YouTubeに違法アップロードされている様ものを除けば観られるのはNBA楽天で公開されているいくつかのものだけかもしれませんが、時間を見つけて観戦してみようかと思います。何だか無性にトライアングルオフェンスを楽しみたい気分です。

*1:ところで邦訳版(イレブンリングス 勝利の神髄)は絶版になっているようですが、恐縮ながらいまいち書籍の見栄えが格好良くないですね。。。

*2:フィルはTribal Leadership: Leveraging Natural Groups to Build a Thriving Organization (English Edition)という書籍に影響を受けているようです。この本も面白そうです。

*3:ちなみに本書のちょうど真ん中あたりの13章のタイトルは『THE LAST DANCE』です

書評「NBAバスケ超分析 語りたくなる50の新常識」(佐々木クリス)

佐々木クリスさんはNBA解説者、もしくはNBAアナリストという肩書でお仕事をされていると思いますが、常々私の属する業界の言葉を使うとすれば『NBAエバンジェリスト』と呼ばれるべきだなと思っています。『ソフトウェアを開発、運用する為のソフトウェア』を技術者さんに対して商売をしている企業群の中ではエバンジェリストさん達の役割は大きく、彼ら彼女らは営業であり、自らも技術者であり、多くの場合に同じ技術を使う技術者コミュニティーのリーダー、インフルエンサーでもあるという多面的な役割を担いますが、これはまさに佐々木クリスさんが日本NBAファンに対して担っている役割だと思います。

本書『NBAバスケ超分析 語りたくなる50の新常識」はそんなNBAエバンジェリスト佐々木クリスがNBAというリーグの面白さを更なる多くのポテンシャルファンに届けるべく、本人が培ってきたバスケットボールという競技を観る技術を惜しみなく提供し、我々バスケファンひとりひとりをNBAエバンジェリストに変えてやろうという野心作だと感じました。この書籍を読む前と後ではコーナースリーが、オフェンスリバウンドが、ピックアンドロールのディフェンスが、全て違うものに見えるようになっていることでしょうし、その面白さを語りたくなる衝動に駆られているに違いありません。

以下には内容について個人的な感想をいくつか。

私はNBAに限らず国内外の色々なゲームをそれなりに観ているつもりですが、NBAを観ていていると、私の好きなハードショー、ブリッツ、オールコートプレスなど積極的に仕掛けるディフェンスが少ないという感想はずっとあって、そこに物足りなさを感じることもあります。きっと「デメリットがメリットを上回ると判断されているのだろう」とぼんやりと想像はしていたのですが、本書のNo. 17『NBAではリターンよりリスクが大きいハードショー』で数字と共に解説されており、すっきりすることができました。

次はNo. 31.の『すべてを守れる究極のオールラウンダー! 目指せ万能ナイフ』についです。万能ナイフ(英語だとSwiss Army Knife)という言葉は、しばしばソフトウェアの世界では『利用の用途が定められていない悪いデザイン』を示すネガティブなメタファーとして用いられます。私はアメリカは個人的にはそういうアメフト選手的世界観というか、スペシャリストが分業して働く世界観を好む傾向があると感じています。そして本書でも解説されているように、ひと昔前のNBAはその世界観の中にあったと思います。この『万能ナイフ』という言葉がここでポジティブに使われていることこそが、如何に現代のバスケットボールにおいてオールラウンドの活躍ができる選手が求められているのかという象徴だと感じました。

最後に私のブログではたま取り上げる話題ですが、是非Bリーグの方には本書を手にとって頂き、Bリーグについて同様の本を書いてもらうためにはどのような投資をしていくべきなのか、考えるための一つの材料にして頂きたいと思いました。もちろん一夜にしてNBAのようなデータ環境は整備できませんが、一歩ずつであれば必ず近づいていけるはずです。以前の記事でも書いたように、データ環境の拡充はエコシステムの拡大に好影響を与えるはずです。本書が良い例です。NBAがデータに投資していなければデータを駆使するNBAエバンジェリスト佐々木クリスは生まれていないと思いますし、本書も執筆されていないと思います。未来を見据える意味でも是非とも目を通して頂ければ。

書評「Giannis」(Mirin Fader)

通勤を少しずつ再開し始めたので、電車の中で読む本にと買ったものだったのですが、気が付けば久し振りに夢中になって読書をしていました。

タイトルの通り本書はヤニス・アデトクンボという稀有なバスケットボールプレイヤーの稀有なバスケットボールキャリア、そしてその稀有な人生をヤニスの誕生前からNBAでチャンピオンになるまでについて書かれたものですが、どちらかというとその稀有な人生を通して世の中の変遷を書くような作りになっていると感じました。

実際にヤニスのご両親がギリシャに来る前のナイジェリアの経済状況ですとか、ギリシャに来た後の経済的困窮や黒人移民への差別、ギリシャ危機、アメリカに渡った後はコロナウイルスによるパンデミックやBlack Lives Matter運動、ヤニスがアメリカでヒーローになった後も続くギリシャの極右団体による変わらぬ人種差別など、そのような背景の説明に多くのページが割かれている印象でした。

印象に残ったエピソードをいくつか。

まずはヤニスのご両親、特にお父様の人柄です。経済的にはとても成功したとは言えず、家族は常に困窮状態にあったようですが、それでもヤニスをはじめ子供達は父親を大変尊敬していたようですし、ヤニスの飾らない驕らない人柄もお父様の人柄に大きく影響を受けていることは間違いないと思いました。ヤニスとお父様のエピソードを一通り読んだあとに、ヤニスがNBAで初めてMVPを取ったときのスピーチを聞き返すと涙腺が緩んでしまいます。

バスケットボール的には、ギリシャの2部リーグでプレーしていた無名のヤニス・アデトクンボの噂を聞きつけ、バスケゴールのひとつが壊れていたくらいの体育館でプレーするヤニスを見にNBAのスカウトがギリシャの町に集まってきたという話が一番印象的でした。NBAのスカウトについてあまり多くを知りませんが、おそらく少しでも有望な選手についての噂を耳にすれば、世界の果てにでもその確認に行くような仕事なのではないかと推測します。実際に、そういう活動が無駄足に終わるような事も多いと本書にも書いてあった気がします。あとドラフト直前にいくつかのチームと密会するシーンはスリリングに書かれていてよかったです。

ヤニスがアメリカに渡った後、アメリカのカルチャーに非常に興奮して楽しみ、そして親しみ、しばらく経った後に強烈なホームシックになるという流れは、自分も留学や駐在を経験した立場からはよく分かるような気がしました。あとヤニスが購入したプレーステーションを返却するというエピソードが出てくるのですが、ヤニスの性格、人柄については本書の中でかなり細部まで書かれているものの、このエピソードが私にとってはもっとも「ヤニスらしい」ものとして印象に残りました。

普通に面白かったので、ヤニスやミルウォーキーのファンはもちろんのこと(ちなみにミルウォーキーという町とバックスの歴史、そしてそこに現れた『希望』としてのヤニスについても多くのページが割かれています)、バスケ好きならとても面白く読めると思うのでお勧めしたいです。より多くの方に読んでもらうためにも、邦訳も出版されるといいですね。

書評「データで強くなる! バスケットボール最強の確率」(小谷究 、木村和希)

遂に日本でバスケのデータ分析に関する書籍が出版される

勝手ながら「遂に日本でもバスケットボールのデータ関連の書籍が出版されたか」と本書を手にして感慨にふけっておりました。本書はバスケットボール関連の書籍ではお馴染みの小谷究さんと、千葉ジェッツでアナリストとして活躍されています木村和希さんの共著となります。

木村さんに関しては以下の記事なんかに詳しいですし、私もTwitterではフォローさせて頂き、勉強させて頂いてます。


さて本書ですが、まずはっきり言ってしまうと上記の記事や木村さんのSNS等で日々情報を追っている方であるならば、目新しい情報や手法や考え方がたくさん載っているという事はないと思います。ただネットというのはどうしても情報を体系的に掴むのには向いていない所がありますし、このように一つの書籍として物理的にまとまるという事は非常に意義の大きい事だと思います。

指導者の、選手の、アナリストの、バスケファンの、ふと手が伸ばせる所にバスケデータ分析の書籍がある、それがこの先に与える影響はとてもポジティブなのではないでしょうか。

目新しい事はないと言いましたが、とは言え本書を読んで「面白いなぁ!」と思った事改めて感心した事も多かったので、3つに分けてご紹介したいと思います。

日本でトップクラスのヘッドコーチのアナリスト感、スタッツ感が知れる

一つ目ですが、序章として掲載されている大野篤史元千葉ジェッツHCによる『ヘッドコーチのアナリストやスタッツとの付き合い方』が非常に面白いです。正直言って、この序章だけでもお金を払う価値があると思ったくらいです。

バスケの世界においてもアナリストという存在は近年どんどんとその役割や重要性が認知されてきていると思いますが、では実際にその役割がチームの最終決定にどのような影響を及ぼしているのか、という事が意思決定者の視点から語られた情報はこれまであまりなかったように思います。それをBリーグのトップHCのひとりである大野さんが、アナリストとどのように働いているのか、アナリストに何を求めているのか、アナリストから出てくる数字をどのように意思決定の為に解釈、消化しているのかなどの観点から話しているのですから、面白くない訳はありません。

まずは手元にあるデータから始められる内容になっている

二つ目ですが、この書籍が「とりえあず手元にあるデータから始めてみよう」という作りになっていることです。これは三つ目のポイントにも関連する内容ですが、分析をする為のデータがどのようなチームにも潤沢に用意されている訳ではありません。それはプロチームとて例外ではないと思いますが、プロ未満のカテゴリーであれば尚更ではないかと思います。本書はいわゆる『オフィシャルスコア』を使った分析から話題が始められており、個人的には「まずは手元にあるデータを何とか有効活用するべし」というメッセージだと解釈し、とても好感を持ちました。近年では技術の進化により、ビデオの撮影も、それを使った映像のタグ付けも決して特別な事ではなくなりましたが、データ分析を始めるのであれば、そういう所に投資する前にまずは手元にあるものの有効活用から始めてみるべきだと個人的には思います。

Bリーグトップクラスの分析の仕事が可視化されて、今後のデータ分析への投資が促進される事が想像できる

三つ目ですが、それは色々な角度からこの書籍がバスケ界のスタンダードを押し上げるだろうという事が想像できることです。冒頭の大野さんの章を読めば、若きコーチや、コーチを目指す人材たちが刺激されるのは間違いないと思います。自分のコーチとしてのスタッツとの付き合い方は正しいのか、そう問い直す方もいることでしょう。

またPart 3『アドバンススタッツから読み取れること』あたりからは木村さんが日々千葉ジェッツにて着目している指標や値が説明されていますが、これらの内のいくつかは千葉ジェッツというチームに木村さんという人材がいたから有効活用されているという点は無視できないと私は考えます。例えばデータ分析をする為にはデータの取得が必要な訳ですが、私が知っている限り(そして想像し得る限り)、まだまだBリーグ内ではこの「データの取得」に関する敷居が残念ながら高く*1、たまたまその敷居を超える為のエンジニアリングに投資できる組織であるとか、たまたまアナリストがそういうスキルセットを有していたとか、そういう事でもない限りはBリーグのチームであってもこの書籍で説明されている内容まではなかなか到達できていないだろうというのが私の見解です。つまり、この書籍の内容で、この分野のリーグトップクラスの仕事を垣間見ることが出来ると考えています。そしてこうして可視化されてしまったことで、否応なく自チームとの差について考えざるを得なくなるだろうと予想しています。

そうして本書をきっかけに分析について考えるヘッドコーチ、GM、オーナー、社長、スタッフ、選手、そしてブースターが更に多くなり、結果としてこのエリアへの新たな投資に繋がっていくのではないでしょうか。長いシーズンを戦っていく上で選手やコーチ以外の力が重要になってくるのは当然の事ですが、データ分析の相対的な重要性に光が当たる、そんなきっかけになる書籍なのではないかと思います。

まとめ

Bリーグファンなのに、まだ『木村本』持ってないの?

*1:これはBリーグさんが、もっとみんなが簡単にデータを取得できるように頑張らなければならない部分でもあります。

書評「バスケットボールの動き向上トレーニング」(佐藤晃一、鈴木良和)


恐縮ながらベースボール・マガジン社様よりご献本頂きました。ありがとうございます。

私がバスケットボールをプレーしていた中高生の頃は、まだ『うさぎ跳び』に代表される様なメニューや、「筋トレは毎日やった方がいい」といったような非科学的、つまり効果が科学的に検証されていないような身体作りに関する通説が、ようやく見直され始めていた頃だったと思います。ただ残念ながらインターネットが一般的になる前だったので、それが普く選手や指導者に浸透するまでには随分と時間を要したと思います。

そういった時代を鑑みながら本書のような書籍を眺めてみると、大げさではありますが人類の進化を感じずにはいられません。年寄りの決まり文句を言ってしまいますが、そういう意味では現代の選手達は知識的には非常に恵まれた環境にいると思います。もちろんそれがあったからといって誰もが名選手になれる訳ではありませんが、間違ったトレーニングの下に時間を無駄にしてしまったり、最悪の場合は選手としての寿命を短くしてしまう事もあります。そういった事が防げるだけでも、バスケットボールという競技に対するこうした書籍の役割は大きいと思います。

読み始めていきなり関心したのが、Part 1『スキルとエクササイズの関係』がまず『ストップ』、つまり止まる動きの解説から始まることです。上記の話に戻ってしまうかもしれませんが、今でこそバスケットボールにおいて止まる動きの重要性は多く語られ、例えばNBAでプレーするルカ・ドンチッチ、Bリーグでプレーする富樫勇樹の止まる動作の素晴らしさが取り上げたりもしますが、私のプレーする時代にはそのような話を聞いたことは一度もありませんでした。

本書でも指摘されているように、正しく止まる技術の向上なしに良いプレーは中々望めません。それは選手の役割を問わず、ショットでもパスでもリバウンドでも、様々な動きを支える根本的な技術になってきます。その土台となる技術を冒頭でしっかりと説明する本書のアプローチは素晴らしいと思います。

Part 2『体幹エクササイズ』に関しても、やはり「昔は体幹なんて言葉はなかったなあ」という隔世の感に浸ってしまいました。今でこそ当たり前の概念で、バスケなどプレーしない中年の私であってもプランクで体幹を鍛えたりしているくらいですが、体幹の重要性を現役時代からしっかりと意識しながら練習、試合に臨めるだけで大きな違いがあると思います。ちなみにこのPart 2とPart 3の『基本のストレッチ』は、バスケうんぬんに関係なく、健康志向で身体を鍛えるすべての人に十分関連する内容ですので、バスケをプレーしない方でも目を通す価値があると思います。

Part 4の『基本のエクササイズ』が本書の肝となる、実際にバスケットボールの動きの向上に繋がるエクササイズについて解説された章です。どのエクササイズがバスケットボールの動きの何に繋がるのか、なぜそれが効果的なのか、それを意識しながら取り組めるように解説されています。解説はすべて写真付きなので、視覚的も理解できるようになっています。例えば片足スクワットのメニューであれば、解説にあるように『怪我は片足だけ床についているときに起こる』という事を意識して行うのか、何も考えず行うのかで、その効果には大きな違いが出てくることでしょう。

バスケットボールに限らずスポーツ選手であれば、自分の身体の動きに過敏なほどに意識的になる必要があると思いますが、まずはその前提として、『どんなエクササイズをするのか?』というWhatだけではなく、『なぜそれが必要なのか?』というWhyに対する知識を、本書のような解説書で仕入れてみるとよいのではないかと思います。

書評「Basketball Planet 1 上質なシュートとは何か。」(バスケットボール・プラネット)

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ベースボールマガジン社が「バスケットボールプラネット」というシリーズの発刊を開始したのをご存じでしょうか。そのシリーズの記念するべき第1巻を恐縮ながらご献本して頂きました。ありがとうございます。

このシリーズのテーマは、Introductionの中でこのように説明されています。

読者の方に「正解」を提示するのではなく、「問い」を提示することをテーマとしています。

その問いの答えを探し続ける過程こそが、技術の成長過程だと考えるからです。

素晴らしいテーマ設定だと思います。近年バスケットボールの戦術や技術が大きな変化を遂げた事を多くの方がご存じだと思います。そのような変化の中で、正解はすぐに陳腐化しますが、問い続ける姿勢や思考技術は簡単には陳腐化しません

また本書は世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~ (光文社新書)という書籍で説明されている『クラフト(経験など)』、『サイエンス(データなど)』、『アート(感覚など)』という三軸のフレームワークを意識して構成されていて、この三軸の視点からバスケットボールにアプローチを試みようとしています。私なんかだとどうしても『サイエンス』の軸に引き寄せられがちなので、このフレームワークを言語化して頂けただけでも読んだ価値がありました。紹介されているこの書籍も手に取ってみたいと思います。

本シリーズでバスケットボールという広大な惑星(プラネット)を探索する我々読者は、差し詰めバスケットボール・エクスプローラーという所ですね。

第1巻のテーマはご覧の通り『シュート』です*1 これはバスケに限った話ではないと思いますが、シュートって究極の目的であり、ドリブルも、パスも、スクリーンも、果てはディフェンスもすべてはシュートを決めるために存在する訳じゃないですか。どれだけいいオフェンスが展開できてもシュートが決まらなければ0点ですし、逆にめちゃくちゃなオフェンスでもシュートが決まればそれは得点です。そう考えると、第1巻のテーマはこれしかないように思えますね。

個人的に印象的だった内容をいくつか紹介したいと思います。

まずは冒頭の安藤周人選手のインタビュー。安藤選手が名古屋ダイヤモンドドルフィンズに参加時に梶原HCと取り組んだシュートフォームの改善の話は印象的でした。あのレベルで大学で活躍し、Bリーグ参加後も順調に活躍しているように見える選手ですが、やはりカテゴリーが変わるとそこまで築き上げたものを壊す作業も必要になるものなんだな、と。安藤選手が高校時代を振り返り「あの練習は無意味だったかも」と振り返っている内容も、是非バスケ少年少女に読んで欲しい内容です。

あと正確には金丸晃輔選手の話になってしまいますが、安藤選手が語っていた金丸選手のリングへの集中力の話は、私のようなプログラマ界隈でも「プログラミング以外のすべてを頭から追い出すほどの集中力」として話題に上がるような話で、やはり一流はどこの世界でもとんでもない集中力を発揮するものなんだと感じました。

もうひとつ紹介させて頂くなら、molten B+ モルテンビープラスさんのシューティングマシン開発の話です。SNSなどでときどき流れてくる、あの自動的にボールが返ってくるシューティングマシンあるじゃないですか?同社があのマシンを開発するにあたり決定的なきっかけになったのが、男子日本代表のワールドカップ予選における台湾戦での敗退だったらしいんです。

www.youtube.com

男子日本代表はこの後の快進撃でワールドカップ出場を手にする訳ですが、このときは本当に崖っぷちでしたよね。でもその崖っぷちがこのような製品を生み出すきっかけとなった。素晴らしい物語だと思います。これこそまさにスポーツが持つ力ではないでしょうか。そして上述したフレームワークでいう所の『サイエンス』からの素晴らしいアプローチのひとつですね。私は個人的にも本業がエンジニアなので、こういうエンジニアリングがバスケットボールに貢献する話にはすごく惹かれてしまいます。

以上、簡単ですがバスケットボールプラネットの記念すべき第1巻の書評を書かせて頂きました。プレーヤー、コーチ、ファン問わずとても楽しめる一冊だと思いますので、ご興味のある方は是非手に取ってみて下さい。

ベースボールマガジン社さんは、他にもたくさんのバスケットボール関連の書籍を出版されています。出版不況が叫ばれる中、こうした書籍を企画・販売頂けるのは本当に嬉しいことですね。

*1:実は個人的には最近『ショット』と呼ぶようにしているのですが、ここでは本書に倣ってシュートを使います。

書評「B.LEAGUE(Bリーグ)誕生 日本スポーツビジネス秘史」(大島 和人)

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本書は『党首』として一部のスポーツファンにはお馴染みのライター、大島和人さんによる日本バスケットボールの現代史です。私もTwitterでときどき楽しくやりとりさせて頂いておりますし、バスケに関する通常の記事も読ませてもらってます。

大島さんはバスケにまつわる、こう言っては何ですが下世話な話、例えばお金の話なんかをさらりと冷静に、ワイドショーのような下品なやり方でない形で掬い上げるのが上手なライターさんという印象です。本書でもそのスキルは存分に発揮されていると思います。

大島さんが書かれた日本バスケの話であれば是非読みたいと予約して購入したのですが、コロナ禍で唯一の読書タイムだった通勤電車に乗る時間がなくなり、購入から約一か月でようやく読み終えました。

本書を読み終えた率直な感想は「是非、漫画化して欲しい」でした。何でも漫画化などのデフォルメを行う風潮はあまり好きではないのですが、歴史読み物のような本書と漫画は相性が良いと思います。あと登場人物がかなり多いので、絵でも人物が区別できると良さそうです。何よりもっと多くの人に届いて欲しいです。

漫画化であれば主人公を設定する必要がありそうですが、個人的には境田弁護士を推したいです。一般的には「お堅い」印象のある仕事に従事している方が、豪腕の改革者の右腕となってスポーツかいで悪戦苦闘する様、漫画向きではないかと思います。もちろん、実際にどういう方かは存じないので、あくまで本書から想像して物を言ってるだけですが。

もうひとつ感想を述べるのであれば、やはりバスケ界の混乱期も含め、今の礎を築いてくれたすべての人とそのバスケ愛に感謝しなければということです。この様な改革の歴史があると、得てして改革側と体制側という枠組みに嵌め込み、改革側の肩を持ってしまいがちです(ちなみに本書でそのように描写されている訳ではないです。)

もちろんそういった構図は少なからずあったでしょうが、混乱期も含めてすべては様々な人々のバスケ愛、血と汗によって築き上げられたバスケ界、それらをすべて含めて、今バスケを存分に楽しめる、存分に応援できる環境があることに感謝したいと思います。

B.LEAGUE(Bリーグ)誕生 日本スポーツビジネス秘史

B.LEAGUE(Bリーグ)誕生 日本スポーツビジネス秘史

  • 作者:大島 和人
  • 発売日: 2021/01/14
  • メディア: Kindle版

書評「バスケットボール戦術学 《1》 オフボールスクリーンをひも解く」(小谷 究, 前田 浩行)

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恐縮ながら生まれて初めてご献本いただいてしまいました。昔からブロガーの人が献本された書籍を紹介しているのを見たりしていて「そんな世界がこの世にあるものなんだな」と思ったりしていたのですが、まさか自分が献本いただく日が来るとは。これからはプロブロガーを名乗りたいと思います(笑)

冗談はさておき、こちらの書籍は流通経済大学スポーツ健康科学部の准教授であります小谷究さんと、現在はバスケ男子日本代表のテクニカルスタッフとして活躍されている前田浩行さんによって著されたバスケットボールの戦術解説書です。日本バスケの情報を追っている方であれば、少なくても何処かでお二人の名前を目にされた方は多いと思います。

私は小谷さんが佐々木クリスさんと著された書籍を以前に読ませて頂きましたし、ツイッターのアカウントもフォローさせて頂いておりました。

またこの書籍の出版元であるベースボール・マガジン社のピックアンドロール解説書も読ませて頂いたことがあります。ちなみにこちらは元琉球ゴールデンキングスHC、現宇都宮ブレックスACの佐々宣夫さんの著書です。

こちらのバスケットボール戦術学でも佐々さんの著書同様、3Dによる分かり易い図解が使われておりますが、どちらかというと佐々さんの著書よりは文章での説明を中心に据えている印象を持ちました。

ハッカー(オフェンス)とセキュリティ担当者(ディフェンス)の終わりなき戦い

さて、ソフトウェアエンジニアならではの感想になるかもしれませんが、私がこの書籍のを一読して持った感想は「なんかオフェンスとディフェンスの攻防って、ハッカーとセキュリティ担当者の果てしない攻防みたいだな」というものです(ちなみにソフトウェアの世界では必ずしもハッカーという言葉を悪者の意味で使わないのですが、ここではそのような意味で使っております。)

ハッカーが何か悪い事をしたとします。すると、セキュリティ担当者はそれをされないように更にセキュリティを強化します。そうするとまたハッカーが新しい手を考えます。そしてセキュリティ担当者も更に新しい策を打ちます。こうして世の中のセキュリティに関する技術力は向上していきます。大学でコンピューターサイエンスを学んでいた頃、ひとりの教授が「優秀な守り手になりたいのであれば、攻める側にもなれる技術力と知識が必要」と話していたのを思い出します。

バスケットボールにおけるオフェンスとディフェンスの進化も同様の道を辿っているはずで、本書ではそれがページの流れと共に説明されています。例えばこんな感じです。

オフェンス側はインサイド選手2人を使ってカーテンスクリーンを作り、シューターにワイドオープンのスリーを打たせようとする

ならばシューターのディフェンスはスクリーンとシューターの間に割って入り、シューターをノーマークにさせない

ならばシューターは裏をかいて、スクリーンを使うと見せかけて逆方向に動き、ゴール下でノーマークになる

ならばシューターのディフェンスはシューターを後ろから追いかけ、ノーマークの瞬間を最小限に抑えつつも裏をかかれないようにする

ならばシューターはボールをもらった後にシュートにいかず、スクリーンを活かしてゴール下にドリブルでアタックする

ならばスクリーナーのディフェンスのひとりが一時的にドリブルでの侵入を防ぐ役割をする

ならばオフェンスは(永遠に続く…

そっちがそう来るならこっちはこうする。こっちがこう出ればあっちはああする。そんな対策のし合いのプロセスをひたすら繰り返して、バスケットボールの戦術は日々進化しているんだと思います。この書籍ではそうして磨き上げられてきた戦略の進化を追体験することが可能になっており、そこが一番のセールスポイントであると個人的には思いました。プレイヤーやコーチはもちろんの事、ただ観戦を楽しみたい私のような1ファンにも嬉しい内容だと思います。

ただひとつだけ追記しておきたいのは、ここで説明されている戦術や戦略を暗記してそして練習して、それを実際にそのまま試合で使ってみて下さいというのは著者たちのメッセージではないと思います。もちろんそれは重要な第一ステップだとは思いますが、著者たちの願いはここで説明されている知識をもとに、ひとりひとりのプレイヤーやコーチが考え、試行錯誤し、自分たちにとって最適なものを掴む、そういう過程を踏んでくれることだと思います。

今後に向けて

生まれて初めてご献本頂いたんだからベタ褒めするしかないやろー、と思ってはみたものの、それだとあんまり面白くないと思ったのでいくつか思いついたことを書いてみたいと思います(笑)

これは読者に考えさせる為に意図的にやっていないのかもしれませんが、各箇所で何がポイントなのか、冒頭や末尾に箇条書きのまとめでもあると頭に入りやすいかと思いました。もしくはポイントとなる文章を太字にするだけでもいいかもしれません。いずれにせよ記憶への定着の向上、また書籍の検索性の向上の観点からも、まとめがあると助けになるのではと思います。

また書籍を超えた話題にはなってしまいますが、やはりこのように3Dによる絵図を活用するのであれば、動画で観たらもっと分かり易いなと思ってしまったのは正直なところです。動画となると制作のコストも上がりますし、一方でマネタイズが難しくなるなどの問題もありますが、特に若い世代においては動画コンテンツの方が好まれるのではないかと思いました。

以上になります。ご献本まことにありがとうございました。このような書籍が今後とも発売され、プレイヤーやコーチの手に渡り、日本のバスケットボールがさらに前進することを願います。

バスケットボール戦術学 《1》 オフボールスクリーンをひも解く

バスケットボール戦術学 《1》 オフボールスクリーンをひも解く