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書評「バスケットボールの戦い方」(佐々宜央)

バスケットボールの戦い方 [ピック&ロールの視野と状況判断] (マルチアングル戦術図解)

バスケットボールの戦い方 [ピック&ロールの視野と状況判断] (マルチアングル戦術図解)

琉球ゴールデンキングスのヘッドコーチとしてお馴染みの佐々宜央さんによるバスケの、というかピックアンドロールの解説書です。

よく比喩で「〇〇について本気で語りだしたら、それだけで本が一冊書けてしまう」というような言い方をすることがあると思うのですが、本書は本当にピックアンドロールについて本を一冊書いてしまったという書籍です。ピックアンドロールの専門書です。

でも安心して下さい。「専門書」と聞いて想像するような堅苦しさも、難しさも、複雑さも一切になく、むしろタイトルにあるようにマルチアングル(各登場人物それぞれの視点)による図解が中心となっていて、非常に分かりやすい内容となっています。

表紙の絵にあるような3Dっぽいビジュアルが独特で、よく使われるバスケットコートを真上から見たような2Dの解説よりも分かりやすいです。カラーも登場人物を区別するのに使われていて、それも大きく理解のし易さに貢献しています。

それでもやはり専門書なので内容は濃厚です。例えばピックアンドロールをするときのボールマンはどちらの足を軸足にしてボールを受けとるべきか、スクリーナーがゴールに向かってロールするときは前向きにロールするべきか、後ろ向きにするべきか、そんな事まで非常に細かく考え方が解説されています。

バスケを実際にプレーした経験がなくても、例えばいつも見ているBリーグのゲームをもっと理解したい、知りたい、というファンの方にも楽しんでもらえる一冊に仕上がっていると思います。もちろんバスケを純粋に向上させたいプレーヤーやコーチの方にも素晴らしい内容ではないかと思います。

余談ですが、私個人がどうしてこの本を購入しようかと思ったのか少し書いてみたいと思います。

簡単に言うと、ピックアンドロール関連のものをはじめとして、少しバスケットボール関連の用語を自分の中で更新しておきたいというのがありました。

「リバウンド」、「キックアウト」、「ボックスアウト」、こうした用語は既にバスケファンの間でも共通言語として浸透していると思いますし私も正しく使用できる自信はあるのですが、例えば「アイス」、「ハードショー」、「ポップ」、そういった用語は私の中で理解が曖昧になったままでした。

私は決してスポーツの専門用語や戦術の理解が楽しく観戦するために必須だという立場ではありませんが、近年バスケが注目されてきたことにより、私のような素人が書いているものも含めてバスケコンテンツの内容が多様化、詳細化し、上述の「共通言語」が次のレベルに進みだしている感覚があります。

ライト層、初心者、カジュアルファン、呼び方は色々とありますが、いずれにせよそういった方々への窓口は常に広く開いている必要があると思っています。一方で、既存のファンの中では徐々にこの「共通言語」を育てていく活動もバスケの発展の為には大事なのかな、と思ったりもする今日この頃です。

そのような流れの中で、もう少し色々と理解した方がよりバスケの観戦を楽しめるだろうという結論に自分の中で達したので、この書籍を購入した次第です。似たような書籍も買うかもしれません。ジェッツの大野ヘッドコーチの書籍も面白そうです。

本書は用語の解説はもちろん、さらに内容は踏み込んでいて、例えばサイドとエルボー(ちなみにこれも正確にはどこを指すのか曖昧に理解していました)ではピックアンドロールに関してどのような考え方の違いがあるのか、そういう解説もあります。

細かい解説を理解しようと読みながら、各チームはこんなところにまで拘って日々の練習をしていたり、本番のゲームの中でそれを状況判断しながら実践してるのかと考えると、本当に頭の下がる思いにもなります。

そして本書を読んでいると、早く次のバスケのゲームが観戦したくなりますね。もちろん、見たいプレーはピックアンドロールです。

書評「Basketball Lab 日本のバスケットボールの未来。」(バスケットボール・ラボ編集部)

まさに最高のタイミングでの出版となったのではないでしょうか?

Basketball Lab 日本のバスケットボールの未来。

Basketball Lab 日本のバスケットボールの未来。

  • 作者: バスケットボール・ラボ編集部
  • 出版社/メーカー: 東邦出版
  • 発売日: 2019/09/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る

NBAドラフト1巡目9位で指名された八村を含む、「史上最強」の男子バスケ日本代表のワールドカップ挑戦は連日大きく報道されました。ニュースで日常的に流れる代表選手陣の映像に、個人的にどこか違和感を覚えたくらいです。

そんな注目のさなかに発売されたのが本書です。ただ売れ行きの面で最高のタイミングだと言っているわけではなく、今回日本代表が経験したワールドカップ、世界の壁、到底満足のできない結果、それを踏まえて今一度バスケットを見直す為に必要なコンテンツだと思いました。

本書をひと言で表現すると「非常に濃い」です。インタビューを通し、選手、ヘッドコーチ、トレーナー、アナリストなどバスケットボールに関わる方々の思考を炙り出すかのような内容になっています。

特にルカさん、大野さん、佐々さん、安齋さん、そしてWリーグ三菱コアラーズの古賀さんのヘッドコーチ陣のインタビューは圧巻でした。彼らが日々どのようなことを考えながらチームを作っているのか、その考え方の一端に触れることができると思います。各HCが共通して「信頼関係」や「コミュニケーション」などのキーワードに触れていたのも興味深いです。

ルカHCのPick & Rollに関する洞察は流石で、Bリーグの外国籍選手の状況について述べた部分は、このブログ冒頭で述べた「ワールドカップでの結果」に対する今後のBリーグのアクションを考える上で大きく参考になるのではないでしょうか。

また本書を通して「パス技術」がテーマになっているのですが、これもやはり先のワールドカップでの試合内容を踏まえ、大きな示唆を与えてくれるテーマだと思います。強豪国のパスの正確さ、強さ、そしてクリエイティビティには個人的に関心しっぱなしでした。

パス技術は出し手の技術、受け手の技術、チームのスペーシングなど、多岐に渡り考察が必要な分野です。それを選手、コーチ、トレーナー、アナリストがそれぞれの視点から語る本書は、まさに今のバスケ界に必要な情報を提供してくれているのではないでしょうか。

余談になりますが、いつも仲良くさせて頂いている方々も本書の制作に協力しております。まだの方は是非ご覧になってみてください。

東邦出版さんはバスケの書籍に関して、非常に攻めた内容を提供してくれていますね。以前に読んだこちらもとても面白かったです。今後ともどんどん攻めた内容のバスケ書籍の登場を期待しています!

書評「MLSから学ぶスポーツマネジメント」(中村武彦)

MLSから学ぶスポーツマネジメント (TOYOKAN BOOKS)

MLSから学ぶスポーツマネジメント (TOYOKAN BOOKS)

普段はサッカーにまったく関心のない私なのですが、アメリカのサッカー(メジャーリーグサッカー)には以下の2点から興味を持っていました。

  • ポテンシャルがありそうなのになかなか根付かない、という点でアメリカのサッカーと日本のバスケットボールは似ているのではという仮説を持っていた
  • 2002年から何度もワシントン州シアトルを訪れる中で、シアトル・サウンダースの存在感が増していくのを肌で感じていた

上記のような背景でずっと興味を持ってはいたものの触れずにいたアメリカサッカーなのですが、本書を書店で見かけたときに「これは買うべき本!」と直感してすぐさま購入しました。

そしてこれが大当たり。2018年で最高の読書になりました。ひと言でまとめるのであれば、BリーグやTリーグなど、新しくできたスポーツリーグの未来について考えたい人に大変おすすめの書籍です。

例えば私の場合、Bリーグを観戦する中で以下のようなトピックが気になっているのですが、本書はこれらに大きな示唆を与えてくれました。

  • 現在のようなオープンなリーグが好ましいのか。それともNBAや日本のプロ野球のようにクローズなリーグが好ましいのか。
  • 2007年にベッカムMLSに来たように、NBAのスーパースターがBリーグに来たらどういう影響があるのか。その元は取れるのか。
  • 自前のアリーナを持つべきなのか。持つとどのような好影響があるのか。その元は取れるのか。
  • “戦力均衡”はどうあるべきなのか。例えばひとつのチームがとびぬけて強くなるとそのリーグに悪影響なのか。
  • 選手の年俸はどの水準にあるべきか
  • 渡邊や八村がNBAでこの先活躍するとして、それをどうBリーグや国内のバスケット人気の向上に繋げていくのか
  • フロントスタッフにはどのような人材が望まれているのか。そこへの投資と選手への投資をどうバランスしていくべきなのか。

本書はMLSの事例はもちろんのこと、アメリカ4大スポーツの事例も交えながら、スポーツリーグの在り方について大変詳しく説明しています。スポーツリーグの専門書と呼んでいいと思います。

ふたつだけ、特に私が着目したトピックを紹介したいと思います。

MLS創設からベッカム獲得までは10年かけている

私も例外ではないのですが、おそらく多くの人がMLSの存在を強く意識したのは、ベッカムLAギャラクシーに入団した2007年ではないかと思います。

本書を読んで驚いたのですが、MLSの創設は1996年ですので、ベッカムの獲得までは10年以上の期間があったことになります。

LAギャラクシーMLSも、その期間にベッカム(のようなスーパースター)への投資はリターンが取れる投資だ」と確信できるだけの準備を整えてからアクションを起こしていることは注目に値します。

言い換えれば、ベッカム獲得は彼らにとってギャンブルではなかったのです。

投資に対するリターンをしっかりと意識しているところは如何にもアメリカ的ではありますが、同時に客を呼べるスーパースターを連れて来ることは万能薬ではないということも教えてくれる事例です。

この先に例えBリーグNBAのスターを連れてくる金銭的な機会があったとしても、それを活かすことができる環境が整っているのか、それはリーグもクラブもしっかりと検討する必要がありそうです。

本書で解説されていますが、MLSができる前に、NASLというサッカーリーグが北米には存在していました。諸外国からのスーパースター獲得に多大な投資をした人気チームがあったにも関わらず、このリーグは倒産に追い込まれています。MLSはこのNASLの失敗を礎にしている点も見逃せません。

バスケットボール・コーポレーションは日本版のSUMか?

本書を通してサッカーユナイテッドマーケティング(Soccer United Marketing、略してSUM)という会社とその活動が紹介されています。何度も出てくるので、著者の中に占めるSUMの重要性は推して知るべしです。

SUMはMLSの姉妹会社なのですが、「One sport, one company」をビジョンに掲げ、要はサッカーというスポーツの価値、存在、そういったものが北米で向上する施策なら何でも取り組もう、という会社のようです。

よって活動はMLSに関することだけに限定されず、例えばサッカーワールドカップの放映権を買い取り、それを国内のテレビ局に販売するような活動もやっていたり、海外人気クラブチームのUSツアーを取り仕切ったりもしていたようです。

実はこの書籍を読んでいる間に、このようなニュースがJBAから発表されてとても興味深く読みました。

ここで私の書くことはすべて推測なので見当違いかもしれませんが、この新会社はMLSにおけるSUMのような役割を果たす為に設立されたのではないかと思いました。リーグの枠組みに囚われず、バスケットボールというスポーツの日本国内での価値を上げていく為の活動をする為ではないかと。

例えばですが、先日激戦が終了しましたインカレやウインターカップは、既にある程度はコンテンツとしての価値があります。しかしこれをBリーグWリーグなどと関連させてさらにコンテンツの価値が高められるかと言えば、組織の垣根から難しい部分があるかもしれません。

今年のFIBAワールドカップや、渡邊や八村が活躍した場合のNBAもそうです。これらのシナジーから日本のバスケットの価値を高めることができれば、個々のコンテンツがそれぞれ独立してファンを獲得するよりもかなり大きな効果が見込めそうです。

SUMの活動のように、NBAや欧州のチームを日本に呼んでゲームをしてもらう。Bリーグのチームや日本代表と対戦してもらう。そういうコンテンツも考えられるでしょう。そういったときに、それぞれのプロパティにそれぞれのオーナーがいると、意思決定の遅れや大胆な施策が取れないなどの弊害がおきます。

2019年と2020年は色々な枠組みでバスケットの価値を向上させる可能性があるイベントがあります。その効果を最大限にする為にこの新会社は作られたのかな、本書を読んでそんな風に思いました。

ちなみにNBAの事になると、当然そこには楽天さんが絡む必要がありそうです。渡邊と八村のことがありますので、私はNBAは今後は日本のバスケットにとって今までよりも大きな価値を持つと予想しています。NBAというコンテンツを国内で最大限活かす為、きっと楽天とバスケットボール・コーポレーションは今後かなり接近するのではないでしょうか。

まとめ

長くなってしまいましたが、アメリカのサッカーにそもそも興味がある方はもちろんのこと、スポーツリーグというビジネスそのものに興味がある方には間違いなく学びの多い専門書です。わざわざ専門書という言葉を使うのは、本書がきちんとしたリサーチの下に書かれていると感じられるからです。

書評「100問の“実戦ドリル”でバスケiQが高まる」(小谷究・佐々木クリス)

100問の“実戦ドリル”でバスケiQが高まる

100問の“実戦ドリル”でバスケiQが高まる

BリーグでもNBAでも解説や通訳の活動でお馴染みの佐々木クリスさんと、流通経済大学の助教授でいらっしゃる小谷さんによる、特にオフェンス面に特化したバスケットの戦術解説書です。

小谷さんについては存じませんでしたが、千葉ジェッツの大野HCともバスケットの戦術に関する書籍を出版しており、この分野の専門家でいらっしゃるようです。ちなみに究と書いて「きわむ」と読むようで、まさに名が表すような活動をしていらっしゃるんですね。

本書はNBA、Bリーグ、国際試合などから、実際にプレーされたオフェンスを100個、まずは状況を解説し、その後そのオフェンスがどのように展開したのかを読者に考えさせる、という作りになっています。想定読者は基本的にはバスケ少年少女のようです。

読者としてはその考えるという部分こそが一番大事なポイントなので、是非すぐにページをめくって答えを見るのではなく、自分の頭の中で考えたことを書き出したりした上で答え合わせをすると良いのではないかと思います。

最近のBリーグや日本代表のゲームで実際に起こったオフェンスも取り上げていますので、いくつかは解説を読んだだけで思い出せるプレーもありました。図と解説を見るだけでかなり頭の中にそのときのシーンが想起されるのは面白かったです。もちろん見た事がないゲームについても楽しめました。

「詰将棋」ってありますけれど、これは言わば「詰バスケ」ですね。ただ本書の冒頭で強調されているように、決して答えはひとつではありません。あくまで自分の考えをアウトプットし、それを実際にどのようにオフェンスが展開したかと比較することが大事だと思います。

本書が教科書であれば、講義形式よりもディスカッション形式の授業で使いたいな、と思いました。私はバスケットの戦術的な部分には疎いのですが、こういう分野も基礎を理解しているとよりゲームが面白く観られそうなので、本書を参考に今後もBリーグを観ながら勉強したいと思います。

書評「ファイブ」(平山譲)

ファイブ (幻冬舎文庫)

ファイブ (幻冬舎文庫)

漫画SLAM DUNKを連載する前、井上先生が「バスケットは漫画界では御法度」、つまり売れる訳がないと言われたという有名な話がありますが、そう言えばバスケットのノンフィクション小説というのも本書以外に聞いたことがないかもしれません。

ご存知の通りアイシン電機、今のシーホース三河にMr.バスケットボールこと佐古賢一さんが移籍したことを中心に据えた話です。最近では男子日本代表のコーチを務められておりますし、この間までは広島ドラゴンフライズのヘッドコーチでもありましたよね。

JBL時代の話とは言えまだそこまで昔の話ではないので、佐古さんをはじめ、折茂さん、三河の鈴木HC、元秋田ノーザンハピネッツHCの長谷川さん、JBL新人時代の田臥三河の桜木など、Bリーグからバスケット観戦を始めた方にもお馴染みの面子が顔を出しています。

と言う私もBリーグ誕生前の数年はすっかりバスケットボールから離れていましたので、このファイブで書かれているストーリーは耳にしてはいたものの、知らないことばかりだったのでとても面白く読むことが出来ました。何よりバスケットが小説としても成立する、というのは発見です。

中心人物のひとりである後藤正規さんは、佐古さんと並んで私のバスケットヒーローのひとりでした。当時はどのような人かは存じなかったのですが、どこか侍のような趣のある方だと思っていたので、本書で書かれている人物像がそれに完全にマッチしていて驚きでした。

本書で直接書かれている内容ではないのですが、私が本書を読んでいて一番気になったのが、JBLにせよbjリーグにせよ従来から日本のバスケットボールのファンとしてチームを支えてこられた方と、Bリーグとなり注目度が上がり、そこからファンになった方々とが今後どのように融合していくのかという事です。

従来からのファンであればコア層、最近の方はライト層と単純に区分けすることはもちろん出来ませんが、バスケットの場合は日陰の時代があまりにも長かったので、昔からのファンはよりコアなファンとなりやすい環境ではあったと思います。コアなファンにウケること、ライトなファンにウケること、これはときにまったく違ったりするのが難しいところです。

Bリーグが、そして各クラブチームが、今後どのようにそういった様々なファンにアプローチをしていくのか、そういった部分に注目していきたいな、と改めて思わせてくれた読書となりました。

書評「稼ぐがすべて」(葦原一正)

稼ぐがすべて   Bリーグこそ最強のビジネスモデルである

稼ぐがすべて Bリーグこそ最強のビジネスモデルである

Bリーグの事務局長である葦原一正さんが書かれた「稼ぐがすべて」を読みました。葦原さんはTwitterでもBリーグに関する面白い情報をいつも発信されており楽しくフォローさせて頂いていたので、本書も発売を知ってすぐ購入に決意し、Amazonにて予約購入しました。

色々なところで既に書評も出ているようなので、私はソフトウェアエンジニア兼データサイエンティストらしい私なりのコメントをいくつかしてみたいと思います。

プラットフォームをゼロから作れる喜び

まず第1にBリーグのデジタルマーケティングを支えるシステムについてです。本書では観客に関するデータを、各クラブではなくリーグが管理するといったBリーグCRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)システム構築の方針に述べられています。

葦原さんがバスケットボールにチャレンジした大きな理由の一つとして、既存のしがらみに囚われず、事業戦略を含めてゼロからスタートできるチャンスだったことを挙げられています。私の個人的な予想ですが、ここにはソフトウェアシステムの構築に関する内容もかなり含まれていると思います。

長くソフトウェアの業界に身を置いていれば誰しも経験することですが、長生きするソフトウェアシステムというのは、人間関係的にも技術的にもありとあらゆるしがらみに囲まれることになります。

よって例えばデータを一元管理したい、速度を上げたい、信頼性を上げたい、といった要望が出てきても、根本的な対策は出来ないことがほとんどです。そして小手先の変更を繰り返していくうちに、スパゲッティとか温泉旅館とか揶揄されるようなシステムになっていきます。

エンジニアにとってあるシステムをゼロから構築し直すというのは、ある意味ドリームプランなのです。「ゼロから作り直せたら絶対こうするのにな!」というリストが頭の中に山程あるのです。しかしそれを実行に移すチャンスというのは滅多にありません。

このBリーグのシステムはおそらくクラウド上かなんかにゼロから作り上げたのだと思いますが、そのようなシステムをゼロから構築する機会を得たということは、本当に現場の担当者にとっては素晴らしい機会だったのではないかと思います。

データドリブンとはバランス感覚のこと

データに踊らされない、という箇所は非常に共感し大いに頷きました。私はデータの仕事をしているのですが、基本的には仮説や信念が大事だという葦原さんのコメントに同意してます。

データドリブンで意思決定、みたいなことが言われて久しいですけども、ときどき「自分が何も考えなくてもデータが行く先を照らしてくれる」と考えているのではないかと思う人に出会うことがあります。

あくまでデータが示してくれるのは、例えばある事象が起きそうな確率であったり、ただの値です。最終的にそれをどう解釈し、どのような実行に移すかの決断は人間がやらないといけない領域です。それを分かっていない人は意外に多いと思ってます。

最終的にデータドリブンというのは、分析をする側が葦原さんのいうように仮説なり信念なりを持ち、それとデータ分析の結果のバランスを取って行動することをいうのだと思います。だから自分の仮説に拘り過ぎてデータを無視することも、自分に信念がなくデータが方向性を決めてくれると盲信することも、同じようにデータドリブンではないのだと思います。

セカンダリーマーケットの話が面白い

個人的に1番面白いと思ったのは130ページにあったセカンダリーマーケットの話です。セカンダリーマーケットというのは、簡単に言えば転売所で、自分が買ったチケットをさらに他の人に売るための場所です。

NBAではこの用途のための専用の公式プラットフォームがあるそうで、 Bリーグでも導入を検討しているとのこと。このセカンダリーマーケットを持つと大変素晴らしいのが、セカンダリーで購入する顧客のデータを手に入れることができることです。「潜在顧客」の可能性が高いとすれば、より価値があるかもしれません。

この辺はBリーグで自前で作ってもいいでしょうし、もしかしたらメルカリさんなんかと提携してやるという可能性もあるかなと個人的には思いました。色々と可能性がある分野だと思います。

最近ではスポーツチケットの分野にブロックチェーンなどのテクノロジーを導入するという話を目にすることも多いです。大抵いわゆるブロックチェーン、もしくは分散型台帳である必然性がない話だったりもするのですが、いずれにせよ誰がどんなチケットを所有していて、誰と誰がそのチケットの売買をしたのかなど、知ることができればマーケティング的にはさらなる大きなインサイトが得られる可能性があると思います。

まとめ

まだまだ旅は始まったばかりのBリーグですが、何となくこれまでを振り返る為にも、これからのBリーグの発展を考える為にも、スポーツビジネスについて学ぶ為にも、おすすめの1冊だと思います。

Break the border!

書評「千葉ジェッツの奇跡」(島田慎二)

ご存知千葉ジェッツふなばしの社長である島田慎二さんによるもの。今はBリーグ自体のバイスチェアマンも兼任されてらっしゃいますね(この就任の馴れ初めも本書で紹介されています。)

「奇跡」と銘打っているものの、本書を読んだ感想としては、島田さんは経営の「当たり前」をスポーツチーム経営という商売に持ち込んだ。そしてそれを土台として千葉ジェッツふなばしは成功した。いや、成功への道を歩みつつある、というところだろう。

私はまったくの未経験であるが、スポーツチームの運営のような仕事は「夢」のようなものがドライバーになっているケースはきっと少なくなくないだろうと思う。そしてそれが経営の当たり前を妨げるケースも想像できる。

もちろんこの夢があったからこそ、リスクを取る者たちが現れ、bjリーグは立ち上がり、そして今のBリーグも存在するのであるから、まずはその人達にひとりのファンとしてお礼を言いたい。

しかしやはり健全な財務体質、利益の出るビジネスモデル、社員の過度な自己犠牲に依存しない、そういったビジネスの基本なくして運営は存続できないし、何よりそういう運営の下に強いチームは育たない。

私はBリーグの財務体質については非常に気にしている。選手の年俸の向上についても同様。そうした部分の向上がなければ、日本のバスケの未来もないと思っているからです。

本書にもあるようにソフトバンクのスポンサーシップに依存した体制は未来永劫続けられるものではないし、Bリーグ自体が、それぞれのチーム自体が、まず健全な経営と財務体質を目指す必要がありす。

日本のバスケの今後のためには、選手の強化以上に、そういうインフラの整備が必要だと思います。適切なインフラがあれは、そこで選手やチームは育ちますし、必ずや世界レベルの選手も出てくる筈です。

アリーナの問題に関しては知らなかったが、確かに言われてみれば今は体育館での開催ですね。島田さんもおっしゃる様にバスケは「観戦の体験」が素晴らしいスポーツなので、是非箱も合わせてトータルな観戦体験を演出できるよう、ここはさらなる議論が必要だと思います。

ミルトン・フリードマン「資本主義と自由」

資本主義と自由 (日経BPクラシックス)

資本主義と自由 (日経BPクラシックス)

本書を読んでいる間、常に頭の中を流れていた言葉がある。市場は我々より頭がいい (The market is smarter than we are) というもの。別に本書のどこかに書いてあった訳ではないのだけれど、本書を通して著者が我々に訴えていることを一言でまとめてしまえばそういう事なのだと思う。僕なんかが改めて言及する必要のないくらい本書は既に名高いが、目を通してみた感想はやはり「名著だ」ということにつきる。本書の感想としてはよくあるものだが、初版が1962年だということには驚きを隠せない。なぜなら現在日本や世界が喘いでいる問題の多くが本書では論じられているからだ。
翻訳が良いのかもしれないが*1、とにかく著者の語り口はシンプルで明快である。フリードマンは本書の中で次々と、公共事業をはじめとするいわゆる大きな政府路線が如何に経済的に間違っているものなのかということをズバズバ斬っていく。その刀は単純な公共事業や金融政策のみならず、教育制度や職業免許制度にまで向けられる。今までこれほど自由というものに拘っている人間を僕は見た事がない。自由主義者とはまさにこういうことを言うのであろう。僕は経済はド素人だし、例えば社会福祉国家を目指そうとする人の主張に耳を傾けたことすらないが、ひとつの実験として、今後の経済をまずは自由主義者の立場から見てみようと思う。気分だけはフリードマン、ということで。
単純で明快だと上述したが、それでも理解できない部分はいくつかあった。これだけの本なので、もう何度か目を通す事で理解出来ればと思う。まったく経済に興味のない人でも、第6章の「教育における政府の役割」は読んでみてもらいたいと強く思った。まず分かり易い話だし、フリードマンが信じる自由主義というものがどういったことであるかを感じるのにも丁度いいし、何よりここで論じられている教育バウチャー制度は非常に魅力的な提案だ。立ち読みできそうな長さの章なので、是非ともちらっとご覧下さい。
最後にもう一度だが、市場は僕たちより遥かに頭がいいのだと思う。よって市場を公正に働かせることが、経済の、ひいては我々の幸福にとってとても重要ななのだと思う。おそらく政府の役割とは、そのような市場の正常な作用を守ることと、資本主義では解決できない問題や、資本主義の副作用に対処することなのだと思う。

*1:これだけの本なので、原著も購入してみたいものである

かわぐちかいじ「沈黙の艦隊」

沈黙の艦隊 全16巻セット  講談社漫画文庫

沈黙の艦隊 全16巻セット 講談社漫画文庫

おそらく多くの読者がそうであったように、僕も序盤は海江田四郎の天才軍人ぶりにひたすら痺れ、それこそのめり込むようにページを捲っていた。戦闘シーンでは男の子に戻ってドキドキしてしまったし、軍ものの漫画を読んで兵隊さんに憧れた昭和初期あたりの子供達の気持ちと似た様なものを感じていたと思う。序盤はそのように面白かった。
中盤以降からは「一体これだけの話をどのように決着を付けてくるのか」という大人の発想で楽しんでいたけれど、読了後の正直な感想を言わせてもらえば「やっぱり着地点を探るのが難しかったかな」というところか。終盤の戦闘シーンでは、海江田があっとおどろく作戦で窮地を乗り越える定型パターンがやり過ぎのように思えてきてしまったし、海江田を巡る地上での政治家や経済人の動きや闘いも序盤から読んでいるとしつこく感じてしまう部分があった。
とまあ色々書いたけれど、全体としては非常に完成度が高い漫画だという印象である。多くの人に読んでもらいたいとすら思うので、あまりここには本書の内容は書かないけれど、海江田が抱えている構想を巡る世界情勢に、あまり連載当時と比べて変わりはないと思う。誰かメシアが世界に現れて、具体的な解決策を提案、実行してくれないものかと夢見てしまうのは、本書の読者としてはよくある傾向だろうか。

テレーズ・デルペシュ「イランの核問題」

イランの核問題 (集英社新書 441A)

イランの核問題 (集英社新書 441A)

まったくのド素人ではあるのだが、それなりにイランの核問題に関心を持ってはいる。ただしやはり前提とする知識が大きく不足しているせいか、本書を読み進めるのにはそれなりに苦労してしまったというか、極めて要点のまとまったコンパクトな本であるのに、読了するまでに結構な時間を要してしまった。
著者のデルペシュ氏はフランス原子力庁戦略研究局長で、核問題の専門家だと思われる。本書の内容もさすがに専門家だからなのか、イランの核開発問題を実に多角的な視野から、具体的に言うとイラン、ヨーロッパ、アメリカ、ロシア、中国、パキスタン、インド、イスラエル、北朝鮮、エジプト、サウジアラビア、南アフリカ共和国、そしてIAEAそれぞれの立場から分析を加えている。大体ひとつの章でひとつの国や地域の立場が分析されるという作りになっているため、読み勧め易い作りにはなっていると思うのだが、前述した通り、あまり本書に出てくる様な話題の単語になれていなかったり、地理関係が分かっていなかったりすると、さっさか読み進めるというのは中々難しいかもしれない。このイランの核開発問題を巡るゲーム(と言ったら聞こえは悪いけれど)の中で日本が分析されていないことは、日本人の自分としては少し寂しい気がしないでもなかった。資源に乏しい日本にとっては、例えばイランのアーザーデガーン(アザデガン油田)の持つ意味合いは小さくないし、もっと積極的な外交努力を行って、著者の分析対象になるくらいでないと駄目なのかもしれない。まああくまで素人意見だけれども、そのくらいの潜在感が必要な事は間違いないのではなかろうか。
そんで正直に白状してしまうと、今まで新聞の報道なんかを眺めている段階では、イランって本当に核の平和利用だけを目指しているのではないかと考えていたりした。もちろん、本当にどうなのかというのは誰にも決められないのだろうが、本書を読む限りでは、十分すぎるほどの証拠が世の中に出て来ているようであり、そういう意味ではIAEAなどの期間の持つ抑止力や強制力の無さについて、少し真剣に見直す時期が来ているのかもしれない。アメリカにはその両者が備わっているのだろうが、その力を一国、ないし少数の国に集中することがまた新たな核保有国を生む現状を作っているのであれば、やはり国際期間にきちんとした力を備えるべきなのであろう。また少し、ニュースの読み方に変化が生まれそうな良い読書が出来た。