月別アーカイブ: 2008年3月

中島聡「おもてなしの経営学」

おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由 (アスキー新書)

おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由 (アスキー新書)

セット販売の様相を呈していたけど、まずはこっちから買ってみた読書禁止期間中の僕。感想を単刀直入に言うと「後二人くらい対談相手を増やして、完全な対談本にしとけば良かったのでは」ということ。つまり対談については読み応えがあると感じたのであるが、それ以外はどうしてもブログの内容の切り貼りの印象が拭えず(いや、じっさいにそうなんですけれど)。おそらくほとんどの人が対談内で語られている中島さんの過去の実績が一番印象に残る書籍だと思われ、そういう意味も込めて「中島聡伝説」とかそういうタイトルで売り出しても良かったんじゃないかと思う次第。レーサーの中嶋悟氏となんか間違えられそうだけれども。それは冗談だけどそれくらいこの人の実績は凄い。対談中にもあったがこれからもうひと花もふた花も咲かせてやろうという方なので、あまり過去の実績をひけらかすまねはしたくもないだろうけど、若いエンジニアの為を思えばもっとそういう事を世に出してもらってもいいんじゃないかと。ロールモデルとして、ね。

大企業が仕組みを提供し、個人が創造性を発揮する世の中

家のMacbookにWindows Vistaを入れてみたついでに、Visual C# 2005 Express EditionXNA Game Studio 2.0をインストールし、ヘルプに付いてくる簡単なチュートリアルに従って3Dアニメーションを作ってみたが、これに驚いた。3Dアニメーションなんて一部の専門家が作成し、我々はそれを楽しむ立場にしかないと思っていたのだが、既に我々自体がクリエイターになる時代になっていたようだ。時代に遅れていたことを痛感する。
しかしこのXNAを通して本当に学んだことは大企業はその資本を生かして仕組みを提供するのが役割で、個人はその仕組みの上で創造性を発揮するのが役割という今の世の中の仕組みである。当然こんなことは何年も前にどこかで誰かが提唱していただろうし、どっかで聞いた事はあったけれど改めて実感。ちょっと前までは仕組みの提供からコンテンツの提供までの大資本が行っていたはずだったと思う。僕がファミコンをやっていた小学生時代は間違いなくそうだったはずだ。けれど今は、実に様々な分野でコンテンツが個人、もしくは小規模な集団から生まれるようになってきている。その波が3Dにまで来ていたということだ。
で、これからの若いエンジニアが自分の進路を考えてみる上でちょっと考慮に入れるといいんじゃないかと思ったのが、一体自分はどちら側に属するのがハッピーなのかということ。大きな企業や組織に属し、大きな技術的枠組みや仕様の策定を行っていくのがハッピーなのか、与えられた仕組みを利用して創造性を発揮する、具体的に言えばコンテンツを提供する立場に属するのがハッピーなのか。それともその間くらいの仕事、例えばより小さな枠組みを提供する立場に属するのがハッピーなのか、そんな視点ももってみてはいかがだろうか。
なおこちらでXNAのビデオチュートリアルを見る事も可能。こちらはXNA1.0を前提にしたチュートリアルなので若干ソースコード上の違いがあるが、XNAでどんな仕組みが提供されているのかを理解するには十分な内容だと思う。興味がある方はちらっと見てみて下さい。

Wの選択で悩み過ぎるようだったらHを考えろ

「どの会社に就職しよう」
「どこに住もう」
「どの人と付き合おう」
「どちらの道を選択しよう」

人間は往々にしてWhat、When、Where、Who、Whichの選択で悩んでしまうものである。ただ悩んでいるということは、選択肢はどれも似たり寄ったりということである。似たり寄ったりというよりは「あちらを立てればこちらが立たず」という場合がほとんどだろう。「やりがいがあるけど給料が低い仕事」と「給料が高いけれど、地味できつい仕事」とかそういう選択。ここで「やりがいもサイコー、給料も高いしきつくはない」なんて選択肢があれば皆それを選ぶだろうけれど、結局そう上手くはいかない。
僕はこういう選択の岐路に立ったときに迷わない。大抵どんな事でも決断することができる。でもその秘訣は何かっていったら、はっきり言って決断自体はもうどうでも良く、選択の段階から「どれを選ぶかではなくて、選んだ後にどうするかだ」ということばかり考えているから即決できるのである。つまり頭がすぐにHowに行ってしまうので迷うことがない。何かそういう性格みたい。
選択はもちろん大事。だけれども選択自体に大きなコストをかけてしまうのは本末転倒。選択肢のどれもが一長一短だと感じるレベルまで絞れたのであれば、あとは「どれを選ぶのか」でなく、とりあえず選択してしまって「どうやって自分の選択肢が正しかったと思えるようにしていくか」が大事だと思う。

人の専門性を活かさない国、日本

博士の就職難、というのは何とも悲しい話だが、報道等によれば事実みたいだし、正直社会人をしばらくやってきた経験からも納得できる話ではある。

日本の博士の就職難問題は博士が100人いる村で数年前に知ったが、当時は冗談みたいな話だと思っていた。ところが、東京新聞「博士号”難民”1万2000人の嘆き」なんかを読むうちに次第に深刻さが伝わってきた。最近のニュースだと、職が見つかりやすいと思われていた工学系でも平均すると出願者の競争倍率が0.65倍だとかで、倦厭されているのがよくわかる。詳しくは下の記事参照。

http://w-it.jp/shima/2008/03/post_27.html

日本の根底に流れる平等意識というのは根強いもので、これはこう書いている僕も例外ではなく、基本的には皆を皆と同じように扱わなければならないというのがこの国で育ってきた人間の自然な気持ち。そうなると、高い専門性を持った博士号取得者を日本企業が敬遠するのは至極もっともな話で、「どうせ同じ様な(専門性の高くない)仕事をやらせるし、似た様な給料を払うのだから、まっさらな若い新卒がいい」というのが何と言うか流れなんだろうと思う。
しかしこれは非常にもったいない話ではある。専門的に何かを勉強してきた人にはその何かに絞って力を発揮してもらえばいいし、他の事は大の苦手だけれども、あるひとつのことに限っては光り輝くパワーを発揮する人間がいれば、そのパワーを遺憾なく発揮出来るポジションに置いておくのが社会の為というものだろう。こう書いてしまえば「そうだそうだ」とほとんどの人は賛同して頂けるだろうけれど、実際にこれを会社や組織で実践しようと思ったら、間違いなく難しい。
逆に言うと、自分の専門性をいかんなく発揮出来ているポジションに現在就いているという人は、かなりラッキーなんだと考えた方がいいかもしれない。

そう言えば、もう長い事マウスを使っていない

表題の通りです。特に自宅では全く使わなくなってしまった。マウスがどうしても必要なのって、デザイン系の作業をするときくらいなものなんだよね。うーん、そろそろマウスの時代は終わりだろう。次世代インプットデバイスの登場が待たれる。とりあえずはタブレットPCかな。

まだまだソフトウェア技術者の活躍は終わらない

活躍の場所をクライアントPCからネット、そして今度はモバイルへと移し、まだまだソフトウェアエンジニアの活躍は終わらない。

米アップルは6日、携帯電話「iフォン」向け応用ソフトの開発促進策を発表した。6月までに開発に必要な技術を外部の技術者に無償公開し、開発したソフトを同社運営のサイトでiフォン利用者に販売する。タッチパネル操作などを生かすゲームや業務ソフトが開発される見込みだ。

日本経済新聞

モバイル分野はこれから相当エキサイティングだろうなぁ。才能ある若者はどんどんこういう所に飛び込んでもらいたいものだ。

もう媒体の時代じゃない

ちょっと前の話になるんだけど、CDは全部処分しようと決心して、実際にそうした。同世代の人間は共感してくれると思うが、CDは青春の象徴的な存在であったし、一枚一枚に色々と思い出が詰まっていたりするのだが、「もう媒体の時代じゃない」という時代の変わり目を肌で感じた瞬間があり、その決心に至った。
これからも下記の様なニュースはわんさか出てくるであろう。

英紙イブニング・スタンダードは8日までに、ビートルズ元メンバー、ポール・マッカートニーさん(65)が、米アップルの音楽配信サイト「アイチューンズ・ストア」にビートルズの楽曲を提供することを決めたと報じた。

テクノロジー : 日経電子版

そんなこんなでHD-DVDとブルーレイの争いなんかも、多くの人がそう指摘しているようにちょっと時代錯誤だという印象を受けてしまうのが正直な気持ち。既にAppleはAppleTVを中心とした映像の配信戦略を進めているが、いずれそこに多くの企業が参入してくることになるだろう。僕は元々あまりDVDを所有していないのだが、もしCDのようにたくさん保有していたとするならば、きっとこのタイミングで処分に走っていることと思う。
もう媒体の時代じゃない。

梅田望夫「ウェブ時代 5つの定理」

ウェブ時代 5つの定理―この言葉が未来を切り開く!

ウェブ時代 5つの定理―この言葉が未来を切り開く!

いきなり余談だが、うちの奥さんは「うめだもちお」という名前がいつまで経っても頭に定着しないらしく、いつまでも「もちださん」と呼び続けている。「もちださんの本、Amazonから届いてたよ」みたいな感じ。名前はやっぱり「うめお」だと思っているのだろうか。
さてそんな著者の新たな書き下ろしに目を通してみた。なるほど、ビジョナリーや時代の先端をゆく技術者達の金言が上手くまとまっている。その言葉から著者が受けた衝撃、その言葉のコンテキスト、その言葉が発せられたときの時代背景なども付随して付いているのは、その金言が示唆している本当の意味を読者に考えさせる為にはどうすれば良いかを著者が考えた上の結論だろう。
金言のほとんどはシリコンバレーに大きく関係する人々からの発言であるため、本書全体の雰囲気は、著者のデビュー作である

シリコンバレー精神 -グーグルを生むビジネス風土 (ちくま文庫)
と近い。著者の本の書評を書くときには必ず似た様なことを書いている気がするが、若い人に読んでもらうべき本だと思う。若い人っていうのは社会人3年目くらいまでかな。しかも技術者を志している若者だとばっちり。世界にはこの金言を発しているような人達が集まる場所があって、それなりの才能があり、一生懸命努力してそれを伸ばしていくのなら、君たちもこんな場所で働けるかもしれないよ、とそういうメッセージを若者に伝えるのに丁度良い本ではある。
さて批判を書くとすればだが、まず単純に名言が多いと思う。これでも著者としては絞りに絞ったんじゃないかと推測するが、なお多いというのが僕の感想だ。「この中から自分の力となる言葉を探してもらえれば」という著者の意図は十分に伝わってくるものの、これだけの言葉があると、全体としてぼやけた印象を与えてしまうように思った。あとそれぞれの言葉なんだけれど、思い切って「英語で名言を書いて、その横にちいさく日本語訳を書く」という形式にしてほしかった。これも著者は色々と考えたであろうことがどこかに書いてあった気がするが、「シリコンバレーで勝負するには、色々な人の金言を理解するためには、君たち英語が必要なんだぜ」的なメッセージを込めてみて欲しかった。で、ひとつ目の批判とも繋がるんだけど、もうちょっと数を減らし、金言ひとつに1ページ使うようなレイアウトにしてみると、英語を横書き出来るので読み易さも増すんじゃないかと。もちろん諸事情はあるかと思いますが。
今年は僕の読書禁止年ですが、読んでしまいましたよ。

迫りくる危機を従業員に伝えた方がいいのか

以下の二つの記事を読んで考え込んでしまったのが、もし自分が経営者だとして、従業員に今迫りくる危機を伝えるか、それともそれは隠しておいて「当社の事業はまだまだいけるぜ」という姿勢で行くのかどちらが良いのだろうかということ。
http://d.hatena.ne.jp/rintaromasuda/20080301/1204388898
http://d.hatena.ne.jp/rintaromasuda/20080222/1203631378
もちろん従業員も馬鹿ではないだろうから、それぞれに自分の会社の危機については調べてくるだろう。が、それを経営側から発表するというのは従業員にとって意味が違ってくる。もしその危機の説明に説得力があるとした場合、ロイヤルティーの高い企業だったら社員が一丸となってくれる可能性があるが、低い企業の場合だったら社員が逃げ出す可能性がある。要は会社の状況次第なのだろうか。個人的には自分が従業員だったら教えて欲しいと考えるし、どんな状況であっても経営者だったら危機を従業員に素直に伝えたいと思う。

このブログのアクセス状況を晒してみる

先月は最初の二日を除き、毎日当ブログにエントリをアップした。それを記念して先月のアクセス状況をこちらに晒してみる。たまにアルファブロガーの方がアクセス状況を公開しているときがあるけれど、普通のブロガーが気になるのはやっぱり普通のブログのアクセス状況だろう。
2008年2月のアクセス状況は以下の通り。

ちょっと見づらいのだが、アクセス総数が6415で、ユニークアクセスが4713となっている。
次に日ごとのアクセス状況を見てみる。

見ての通り、先月は毎日記事を書いた事もあり、コンスタントに200/日程度のアクセスを頂いた。多少注目されたエントリを書いた月に、これ以上のアクセスを記録したことはあったけれど、やはり書き手としては突発的なアクセスではなく、コンスタントなアクセスが多い方が嬉しいというものだ。ちなみにぴよっと一本飛び抜けているのはこのエントリをアップした日で、はてブの注目エントリーからトラフィックが流れてきたのが大きく、ユニークアクセスが約600となった。
来月は色々と環境が変わる為に更新頻度が落ちてしまうかもしれないが、なるべくこのペースを保っていきたい。