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村上春樹「遠い太鼓」

遠い太鼓 (講談社文庫)

遠い太鼓 (講談社文庫)

感想を正直に言えば、羨ましかったというか、このような旅を私も妻と経験してみたいという種類の事が一番最初に出てきてしまう。もちろん彼らは遊びに行っていた訳ではなく、小説を書き上げる為という立派な理由があるし、書いてあった通り楽しいことばかりではなかったようだが、それでもこのような長期の旅を(しかも三十代後半で)経験することが出来る人間というのは限られているだろうから、やはり純粋に羨ましい。とにかく本を読んでいて、出てくる料理とワインが美味しそうだった。それが強く印象に残る。
あと感じたのが、やはり小説を書くというのは芸術的な創造作業なんだという当たり前のこと。村上春樹さんなんかは、なんとなく普段我々が仕事をしているように、定期的に、継続的に、ときに単調に小説を書くという作業を進めているイメージがあるが、それでもやはりそういう状態に自分を「持っていく」ことが出来ないと中々書けないものなんだなあ、と実感。そのためにも旅が必要なのだとしたら、旅も彼にとっては仕事の一部と言えるだろう。
あ、イタリア人のいい加減さに辟易している様も印象に残っているが、最後の方に書かれていた内容から推察するに、しばらくイタリアから離れているとそのいい加減さすら愛すべきイタリアの一部ということで懐かしく思ってしまう。イタリアってそんな国ではなかろうか。まあ犯罪は勘弁して欲しいんだけど。

田中淳夫「割り箸はもったいない?」

割り箸はもったいない?―食卓からみた森林問題 (ちくま新書)

割り箸はもったいない?―食卓からみた森林問題 (ちくま新書)

なんとなくタイトルに惹かれて購入。感情的かつ扇動的な傾向を帯びている近頃の環境問題への取り組みをターゲットに書かれた本かと思ったが、あまりその色は濃くなく、むしろ割り箸の製法とかそういう話の方が頭に印象として強く残っている。
まあ割り箸に限らないし、環境問題にも限らないのだが、結局我々には全ての事象についてのデータを検証している時間もなく、また能力もなく(ある方も多数いらっしゃるとは思う)、結果として分かり易い構図に引き込まれていく。「割り箸→木製→使い捨て→今木が減っている→無駄遣いだ」という構図はとても分かり易いし、減っている鯨を食べている日本人は野蛮だ、という構図も非常に分かり易い。だからそういう活動に人が巻き込まれていくのは分からないのでないのだが、問題は一度そういうところで考えが凝り固まると、誰が見ても分かり易い様な反証のデータを見せられたりしても聴く耳持たない状態になってしまうことである。そこでコロっと「あ、俺の活動って間違ってた。やめよう」とか豹変できる人間ばかりだと話が楽に進むのだろうけど、中々そうはいかない。どちらかというと男性の方が凝り固まるというイメージを僕は持っているので、気をつけたいと思う。
本の主題とは直接関係ないけれど、工芸品としてもう少し箸に注目してみたいと思った。割り箸にも。

村上春樹、柴田元幸「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)

キャッチャー・イン・ザ・ライを読んだので、ようやく本書を読むことが出来た。あまり本は本棚に眠らせておく方ではないので、それなりに本書のことが気がかりだった。読み終えてすっきりしている。
前作の翻訳夜話とは違い、本書はあくまでサリンジャー、もっと具体的に言えばキャッチャーについて村上、柴田、文藝春秋編集部が語り合うという内容である。巻末にはキャッチャーには掲載することが出来なかった訳者あとがきが掲載されているので、村上訳のキャッチャーを読んだ方はまずこちらも購入していることだろう。*1
本書の感想を書くとキャッチャーの感想になってしまいそうなので気をつける。

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鍵本聡「計算力を強くするpart2」

計算力を強くするpart2―思考の瞬発力を磨くために (ブルーバックス)

計算力を強くするpart2―思考の瞬発力を磨くために (ブルーバックス)

いわゆる暗算のテクニック本。本書を読むと、例えば二桁の掛け算とか、二桁以上の足し算などを有効に暗算する方法が得られる。それらの方法は言われてみれば当たり前のことばかりであり、簡単に式を変形することにより求められる公式の様なものばかりだが、普段人間は暗算をすることに対してそこまで情熱をつぎ込むことは少ないと思われるので、大抵の人は目から鱗的な印象を持つのではないだろうか。
個人的には暗算が出来る、暗算に強いというのは意味あることではないかと思っている。計算が早いということにそんなに意味はないかもしれないが、何かについて思考する際、計算が面倒くさくなって思考が中断されてしまうのは結構経験としてあると思う。すんなりと値を計算出来るとすれば、散歩中にたまたま思いついたビジネスアイデアの有用性を、その散歩中に検討するといったことが出来る。それは意外と大切なことなんじゃないかと思う。計算力にはそういう効用があると思っている。
正直に言うと、面白かったのは第1章のみであり、特に第3章や4章は無理矢理ページ数の為に付け足した文章なのではないかという印象を持った。まあ1章だけでは本として成立しない短さなのかもしれないが、内容はほとんどそこにある。そんな本だった。

J.D.サリンジャー「キャッチャー・イン・ザ・ライ」

キャッチャー・イン・ザ・ライ

キャッチャー・イン・ザ・ライ

実は先日翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書)という新書を購入して読み出したのだが、どうもこの本がこの村上春樹訳のキャッチャー・イン・ザ・ライを読んでいることを前提にしている本だったので(当たり前と言えば当たり前だが)、そちらを一旦中断し、本書を読んでみた。おそらく本書は多くの人は思春期というか、少なくとも社会人になる前に読む類の本ではないかと推測したがどうなのだろうか。僕はもういい大人になってから本書と出会ったので、多少他の人と感じ方が違うかもしれない。

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梅田望夫、茂木健一郎「フューチャリスト宣言」

フューチャリスト宣言 (ちくま新書)

フューチャリスト宣言 (ちくま新書)

飛行機の中で一時間ほど書けて読んだ。通常新書には一時間もかけないのだが、結果的にこの本を読むのには一時間ほどかかった。途中途中で奥さんに読書を遮られたという理由もあるが。
さて細部に関する感想を書こうかと思っていたけれど、バケーションに出発する飛行機の中で読んだものだから、今細部が頭に入っていない。「何処が面白かった?」といきなり問われたら、多分「最後の中学生への講義の部分」とかしか言えない状態である。いや、本当にそこが面白かったのだけれど。
という訳で細部を覚えていないので、ちょっと楽観とか悲観とかそういうことについて書いてみたいと思う。というのも、非常に楽観(オプティミズムとペシミズムではなく、楽観、悲観という言葉を使う)に包まれていた書籍だと感じたからだ。そしてその楽観に関する非難が少なからずあるようなので、それについての僕の意見を書いてみたいと思う。あまり長くは書かないけれど。

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最近読んだ本

本の運命 (文春文庫)

本の運命 (文春文庫)

考えてみれば本の運命は数奇なものかもしれない。著者の井上氏は以前自分が所有していた本に古本屋で再会したとそうだ。子供の頃「お札にこっそり名前をかいておいて、いつかそのお札と再会できるだろうか」と夢想していたことがあったのを思い出した。13万冊もの蔵書を抱えていた著者だからこそ、それぞれの本に自分との運命を感じずにはいられないのだろう。「本を売らない」という決心を僕もしてみたいものだが、スペースの問題で中々難しそうだ。

特捜検察vs.金融権力

特捜検察vs.金融権力

スリリング。特に第1部のスリルはかなりのものだと思う。蜜月だった時代から大蔵官僚の摘発にいたるまでの特捜部の動きの変化は非常に興味深い。僕の頭の中に漠然と染み付いている数々の思想は、こういった日本の中枢にいる人達の「成果」なのかと思うと不思議である。例えば「大蔵省とノーパンしゃぶしゃぶ」なんて言葉が世間を飛び交っていたとき、僕はほんの子供だったはずだが、しっかりと頭に刻み込まれている。佐川急便事件やリクルート事件にしても同様だ。
しかしこういう本を読んでいると、日本の最高権力というのはどこにあるのかといつも悩んでしまう。勿論権力は分散されているのは百も承知だが、どこかに最高権力者が存在するのではと分かり易い構造を求めてしまう。それは首相かもしれないし、マスコミかもしれないし、世論とか世間という僕も含まれているはずの曖昧な存在なのかもしれない。

最近読んだ本

数学 数学脳をつくる ― [よのなか]教科書

数学 数学脳をつくる ― [よのなか]教科書

数学を学ぶことで物事の本質が見えるようになる、というのが著者の大まかな主張のようだ。僕が思うに数学を学ぶことで「厳密さ」への欲求が生まれるように思う。それは「感覚への疑い」とも言えるかもしれない。安易な相関関係の構築など、世の中ではまだまだ厳密さへの欲求が足りないなと思わせることが多いが、数学教育の向上はそれへのひとつの解決策かもしれない。

暗号―ポストモダンの情報セキュリティ (講談社選書メチエ)

暗号―ポストモダンの情報セキュリティ (講談社選書メチエ)

実は著者は大学時代の教授である。まあその頃は真剣に授業を聞くような学生じゃなかったので、今更ながらに彼の授業を受けてみたいと思っていたりするのもあって興味深く読めた。面白かったのは、本書のテーマとは直接関係ないが、著者が「世界中の文字は16ビット(65536文字)あれば表現できるだろう」と記していたことである。これはUnicodeでUCS-2が失敗に終わったときの主だった主張だったはず。本書が執筆されたのは1996年。やはり桁を決めるというのは難しいものなんだな、と思う。

岩波書店編集部編「翻訳家の仕事」

翻訳家の仕事 (岩波新書)

翻訳家の仕事 (岩波新書)

2007年のお奨め新書がひとつ見つかった(出版は2006年12月みたいだが)。
本書は37人の翻訳家、または翻訳家ではないが翻訳についての意見を是非訊いてみたいと岩波編集部が判断した人達、による翻訳という仕事に関するエッセイ集である。もともとは図書という雑誌に連載されていたシリーズだったらしい。

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最近読んだ本

無知の涙 (河出文庫―BUNGEI Collection)

無知の涙 (河出文庫―BUNGEI Collection)

殺人者の獄中記に興味があり、かつタイトルにすごく魅かれたので購入してみた。基本的には「詩集」と読んで構わないと思う。読むというよりも見るという感じで目を通させてもらったが、自己ととことん向き合う著者の精神状態に関しては息を飲んだ。あまり具体的な感想を述べられるような種類の本ではないが、自分は「無知の涙」を流したくないものだ、というのは強く思った。

数学の出番です。―つい人に伝えたくなる数学のハナシ (チャートBOOKS SPECIAL ISSUE)

数学の出番です。―つい人に伝えたくなる数学のハナシ (チャートBOOKS SPECIAL ISSUE)

最近こういう数学小話系がたくさん発売されているし、どれも結構面白い。これだけ数学系の本が出版され、どれもが「数学は本当は面白いんですよ」と訴えかけているのだから、日本の数学の将来の捨てたものではないのかもしれない。そういう意味で以前に述べたが、これらの本はまず子供ではなく数学を教える立場にある大人が読むべきである。
本書は本当に「小話」っぽく作ってある。友人知人から寄せられるちょっとした疑問や日常で誰もが出くわしそうな勘違いを著者が次々解決していく。数学のちょっとした知識とひらめきで日常に花を添えている著者の様子ははまるで名探偵のようだった。